【中編】元ウブロ代表取締役・高倉豊×中村あきら対談「数々のブランドを作ってきた経験に裏打ちされたティッピングポイントの超え方」

高倉豊×中村あきら対談
高級腕時計ウブロの元代表取締役の高倉豊さん。当時、ウブロは日本人の誰も知らない時計だった。今では経営者や芸能人、成功者の憧れの時計としてそのブランドを築いている。そのブランドをつくったのが高倉豊さんだ。ウブロだけではなく様々な一流外資系の社長を歴任した。スポーツ選手の憧れの高級時計「タグホイヤー」、高級化粧品「パルファム・ジバンシイ」「イヴ・サンローラン・パルファン」「シスレー」など一流の外資ブランドを日本へ浸透させた立役者だ。今は、起業家や経営者に「ブランド再生請負人」として活躍している。
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あきら ぼくが、高倉さんのご著書を読ませていただいて、特に印象的だったのが、「ティッピングポイントの越え方」です。ティッピングポイントとは、ある商品やサービスやアイディアが徐々に広がって、ある瞬間(ポイント)を境目に一気に社会全体に広がることがあります。その瞬間、つまり「火が付く瞬間」のことをティッピングポイントといいます。本の中では、コップの例えを使われていました。たくさんのコップを溢れさせるには、たくさんの水が必要だけれど、コップをひとつに決めて、集中して注ぐと、少量の水ですむ。この話を読んで、なるほど、と思ったんですが、もう少し詳しく「ティッピングポイント」について聞かせてもらえますか。

ティッピングポイント

高倉 自分では、コップで例えると、一番わかり易いと思って書きました。コップというのは、ビジネスで言うところ、マーケットですね。年齢や性別、使う用途など様々な切り口で、商品を売るわけですけれど、資金が潤沢にない限り、すべての対象を満足させる、商品づくりや売り方は出来ません。なので、どこかのコップを一つだけ選んで、そこに集中して、水を溢れさせる。つまり、マーケットを限定して、その客層が満足できるものを提供して、そのマーケットの圧倒的なシェアをとることなんですね。そういう小さいところでのブレイクを作ることが後々「評判」となって、他のマーケットに対しても効果をあたえます。だから、まずは小さいところでもいいから、どこかでブレイクをさせてティッピングポイントを越えましょう、ということです。

小さいコップに絞って水をあふれさせることが大事(ティッピングポイント)

あきら 経営者は、経営をしていく上で、ここでブレイクさせたい、と思うのですが、それがいつ起こるのか、根気強く待ちながら、一つの事業に投資をするじゃないですか。そのときに、どのようにして、そのコップ、マーケットを選ぶのか、方法があれば教えてほしいです。会社の資金と比例して、マーケットを大きくするとか、そういうことをしていましたか?

高倉 ぼくは、資金の量に応じて、コップの大きさを選ぶということはしませんでした。なぜなら、そういう選び方をすると、資金に依存してしまい、工夫がないからです。コップの大きさをマーケットの大きさとすると、大事なのは、コップの大きさではなく、自分が注いだら溢れるだろうなという形や大きさのコップを探して見つけるということです。「探す」ところに、工夫があるわけです。例えば、知り合いの美容師は、東京にある自分のサロンに英語を話せるスタッフを雇うことで、東京中の外国人の奥様がそのサロンに押し寄せるようになりました。別に、その人達の文化にあったヘアスタイルの技術を変えたわけでも、店舗を拡大したわけでも料金を安くしたわけでもありません。ただ、「東京にいる外人で英語が話せる人の中で、自分の言ったとおりに髪を切ってもらいたい人」をいうマーケットを見つけて、「英語が話せるスタッフを雇う」という方法でブレイクを起こしたのです。つまり、他の人が、注いで来なかったコップと、それを満たす簡単な方法を見つけてきたということです。

元ウブロ代表高倉豊さん

あきら なるほど。ぼくは、高倉さんが実際に行ったウブロの事例にも興味があります。ウブロは日本に参入した当時、ウブロを扱う販売店が50店舗あったけれど、業績が一向に伸びない、そこで、高倉さんが社長になって、販売店を26に減らしさらにその中の3店舗に販売を集中させて、売上を伸ばして、ブレイクさせたじゃないですか。それは、コップを小さくして、まずは水を溢れさせようという意図があったんですか?

高倉 そういう考えも少しはありましたが、コップを小さくせざるを得ない状況でもありました。当時、ウブロは日本で全く知名度がなく、大手のデパートや時計屋などの販売店に中々置いてもらえませんでしたし、置いてくれたとしても熱心に販売してもらえませんでした。大手販売店としては、他にも「売れる商品」を扱っているので、そっちを集中して売った方が、効率が良いので、仕方ないとは思います。

そこで、新規参入した小さな販売店と組むことにしたのです。それが、先ほどの3店舗です。かれらは、新規参入だから、大手ブランドメーカーの時計を中々扱わせてもらえません。しかし売り上げを拡大してゆかないと経営を続けられません。 彼らは他に販売しやすいブランドを扱っていなかったのでウブロでも一生懸命売らざるを得なかったのです。

ぼくは、ウブロを売る気が無い大手販売店に力を入れず、新規参入の小さい販売店と組んで一緒に売っていく、方向に転換をしました。そうすると、その時計店だけを見ているとウブロが売れているように見えるわけです。
そうすると他の時計店がウブロがこんなに売れるのなら自分の所でも扱いたいと言い始めました。 そうやって少しずつウブロに力を入れてくれる販売店を増やしていったわけです。

あきら やっぱり評判と実績は大事ですね。そのお話からすると、最初にティッピングポイントを越えるには、誰と一緒にやるかも重要な要素ということですか?

高倉豊×中村あきら

高倉 それはすごく重要だと思います。他にも、日経ビジネスに一年間連載広告を出した時の話なんですが、当時は、あまり時計メーカーはビジネス誌に広告を載せてなかったんですね。大手ビジネス誌は広告料が高くて、時計メーカーが広告を出すのには、費用対効果が悪いと考えられていたからです。しかし、広告掲載した前年は、2008年で、リーマンショックが起こったんですね。その影響で、日経ビジネスの大手広告主が撤退してしまい、一時的に広告料が下がっていたので、日経ビジネスも好意的にウブロの連載広告を受け入れてくれたのです。そしてその連載広告でウブロが売上を伸ばしたお蔭で、その次の年から、オメガなどの他の海外時計メーカーが日経ビジネスに広告を出稿するようになりました。なので、いかにお互いがwin-winになるような仕組みをつくれるかが大事ですね。

あきら なるほど。では、自分たちだけじゃなくて、いかに自分と相手、両方をハッピーにする仕組みをつくると、ティッピングポイントを越えやすいということですね。それにしても、今やウブロは日本人の有名人がこぞって買っている誰もが知るブランドですよね。そういう芸能人が使うようなものとして、ブランド戦略をやっていったんですか?

高倉豊さんが身につけているウブロの時計高倉豊さんが愛用するウブロのビックバン

高倉 いや、どちらかと言うと、「芸能人のつけるオシャレなもの」というより、「経営者がつける良いもの」というブランド展開を意識してやっていました。むしろ、ある意味では、芸能人には流行らせたくなかったんですね。ぼくが狙ったのは、中小企業の社長さんたちでした。なので、日経ビジネスに広告を出したんですね。ウブロは、平均150万円する時計なので、中々一般の人には手が届きにくい価格帯ですが、経営者の方がファンになってくれれば、マーケットも大きいのでブランドとして広がると思ったんですね。「芸能人がつけているもの」というブランド認知をつくっても、今のような人気はつかなかったと思います。どうしても、芸能人を広告に使うと、チャラくみえてしまって、本当にウブロの時計を買ってくれる層にヒットしないからです。なので、広告には、経営者が好む野球の王貞治さんや岩隈投手といった野球選手や体操の富田選手などにお願いしました。そうすると、結果として、さんまさんや、みのもんたさんが個人的に愛用されていて、芸能人にも火がついたという感じです。

あきら たしかに。ウブロを普段から買える人は少ないですから、芸能人がつけている広告に反応するのは、どうしても一般の方が多くなってしまい、売上につながらないということですね。経営者に向けて広告を売った方が、ウブロとしては、より有効なマーケッティングだったんですか。

高倉 そういうことだと思います。誰を広告に起用するかも、誰と組むか、と同じ発想をしました。つまり、広告に起用された人も、ウブロも、お互いがその広告によって良いイメージがつくように、どういう人選と打ち出し方をすると最大限効果が発揮できるかを考えました。

あきら いやー、面白いですね。まさに高倉さんのビジネスの肝を教えてもらった気がします。

高倉豊×中村あきら対談

後編へつづく

次回は、「上質なものに触れると自分の世界が広くなる」をお届けします。

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